2023年の立春を明日に控えた節分の日。
2週間のご無沙汰でした、酒丸です。
先日、木更津在住の旧車乗りの友人が、
房総半島最南端まで遊びに来てくれました。
なので、先輩が営むピザ屋さんにて合流。
美味しいランチタイム。
アメリカンなマルボロレッドの外装にバッチリ似合う、
1930年A型フォード、漆黒のホットロッド。
その後、南房総から館山を海岸沿いにグルリと一周、
初春の南房総最南端を楽しんでもらいました。
さて、本日紹介する商材は…
マルボロレッドに近いワインと、
漆黒の2配色が美しいイチオシシューズ。
やっと追加生産が入荷してきた、
ウエスタンモックス・モンクストラップシューズ!
ウエスタン=西部の、
モックス=モカシン(モカ縫いされている靴)、
モンクストラップ=尾錠付きベルトタイプ、
みたいな意味合いがあります。
見たまんまのネーミング。
まずはマルボロレッドに近いワイン。
人によっては「赤だ」とも言われるワイン。
発色の美しさがウエスタン調で気に入ってます。
そしてブラック。
モカ縫いとは、
アッパー部分のUチップが独立して、
両サイドのレザーと縫い合わさっている形の事。
いろいろなタイプがあるんですが…
このウエスタンモックスに関しては、
アッパーの革が、
グルリと周りを覆い隠して縫われている形状。
いわゆる「包み縫い」という縫い方です。
他には拝み縫いとか掬い縫いとかあります。
この包み縫いが一番カジュアルな印象。
そしてアッパーのエンボスは、
私が所有しているヴィンテージの子供靴から形を抜いた物。
牛の額部分には「db(ドライボーンズ)」を付け加えて、
他に流用されるのを防いでいますが。
そして履き口に当たる部分には、
ロングホーンの型抜き装飾。
当たり前ですが、
ここだけの為に抜き型を作っています。
ただの飾りだけの為に。
これが1950年代ウエスタンフィフティーズの贅沢さ。
ちなみにこれが、
私が所有している1950年代のデッドストック子供靴。
場所はアメリカ・L.A.ロングビーチというエリア。
有名なヴィンテージディーラーから、
破格値で譲ってもらいました。
もう35年くらい前の話ですが、当時10ドル。
ずっと探していた靴だった(当時から変態的な靴マニア)ので、
もう嬉しくて嬉しくて。
これがそのアッパー部分のエンボス。
よく見てもらうと分かるんですが…
この靴、実は「Uチップ」ではなく、
Uチップ状に見える型で抜いて、
ステッチが入っているだけなのです。
子供用の靴でサイズ展開が多かったからだとは思うんですが…
こうした方が抜き型が増えてコストは増えるはず。
きっと当時は「抜き型代が無視出来るほど」数多く売れたんです!
モカ縫いをするよりも、
モカ縫いっぽく見せた抜き型で抜いて、
空縫いした方が早く大量に作れたのです。
更に、履き口にはこのデコラティヴ。
当方の靴工場担当者は、この靴を見て言いました。
「吐き気を催すほど、手が掛かってる子供靴」。
これが1950年代の奥行き。
当方のウエスタンモックスは、
バックルがセンター配置になっています。
が、このヴィンテージは外側にズレてる。
これはわざとセンターに変更したのです。
その元ネタはこれ。
同じく1950年代の子供靴。
Uチップ内のエンボスが格子柄、
典型的な1950年代のモノで、
他にもローパーブーツやベルトにも施されました。
ダブルコバの張り出し方も、
異形でかっこいい。
このウエスタンモックス、
実は最初の出会いは本の挿絵でした。
知ってる人は知っている、
ご存じ「クリームソーダ物語」の中の1ページ。
1982年当時、この本を地元の本屋で購入。
洗脳されたかの様に、
毎日読み込みました。
ところが私の場合、ちょっと捻くれているのか…(汗)
本名の内容(文章)よりも、
感化されたのは全ページに渡るイラスト。
特にこのページには、
雷に打たれた様なショックを受けました。
このページに出会ってから…
とにかく東京に出たい、
靴屋で働きたい、
アメリカに行きたい、
このイラストを描いた人に会いたい、
なんて夢を具体化していったのでした。
表紙はこれ。
未だにこの表紙を見ると、
甘酸っぱい感情が押し寄せてきます。
そして巻末には、こんな表記が。
まだ消費税が無かった頃の、
日本が勢いがあった時代。
著者の山崎さん(クリームソーダ社長)と共に、
アートディレクションには「中山 泰」の表記。
この中山さんは、
ホットドッグプレスのフィフティーズ特集で、
お見受けしておりました。
当時の中山さん、35歳!
そして時は経って、今度は私が35歳の時。
ライトニングという雑誌で連載を書く事になりました。
「傾奇物」という、
ちょっと変な古物を次々に紹介する2ページ。
このページのアートディレクターを、
この中山さんが担当してくれたのです!
その後、編集長に無理を言って会わせていただきました。
それからは幾度となく事務所に遊びに行ったり、
飲み会に誘ってもらったり。
今の若者にも、この感動を伝えたいです。
迷っていた十代の頃、
たった1冊の本が、
その後の人生を決定づけることがある事を。
この本と出会ったからこそ、
東京に出て靴屋に就職し、
その後アメリカに行って古着屋を始め、
アパレルメーカーになって靴も作る事になり、
雑誌連載も書く様になって、
憧れのイラストレーターにも出会えたのです。
逆に言えば、この靴こそドライボーンズの原点。
さて。
年始のバタバタが落ち着き…
兼ねてから行ってみたかった館山市の老舗料亭へ。
今は友人が代表を務め、包丁を握っております。
そこで案内された部屋が、ここ。
なんとこの写真、床柱!
数寄屋造りにも程がある!
ある意味、傾奇者!